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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1081号 判決 1956年4月26日

控訴人・附帯被控訴人(被告) 中山兼雄 外一名

訴訟代理人 松久利市 外一名

被控訴人・附帯控訴人(原告) 落合卯之助

訴訟代理人 小林哲郎

主文

控訴人らの控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴人らはさらに被控訴人に対し東京都港区麻布谷町五十六番地の四宅地二十一坪九五三二のうち東部八坪九五三二(原判決添附別紙二の斜線の部分)の地上にある木造木板葺物置(間口約六尺奥行約五尺)一棟及び木造物干台(縦約五尺横約十一尺)一個を収去せよ。

(当審請求の拡張部分)

附帯控訴人の附帯控訴を却下する。

当審における訴訟費用は全部控訴人らの負担とする。

原判決並びに本判決の仮執行につき次のとおり宣言し、その限度において原判決の仮執行の宣言を変更する。

原判決並びに本判決第二項は仮りに執行することができる。

控訴人らにおいて共同して金二万円の担保を供するときは右原判決並びに本判決の仮執行を免れることができる。

事実

控訴人(附帯控訴人、以下単に控訴人という。)ら代理人は、「原判決を取り消す。控訴人らと被控訴人との間に貸主を被控訴人、借主を控訴人らとし、被控訴人所有の東京都港区麻布谷町五十六番地の四の宅地のうち東部十三坪(原判決添附別紙一の斜線の部分)につき、期間二十年、賃料一ケ月坪当り金十五円、毎月末日支払、賃料は五年ごとに改訂する約の賃貸借の存在することを確認する。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも全部被控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴人の附帯控訴に対し、附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という。)代理人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として、主文第二項同旨の判決並びに原判決の仮執行の宣言を変更し、原判決並びに当審判決につき仮執行の宜言を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、被控訴代理人において、「控訴人らは、本件係争の地上に木造木板葺物置(間口約六尺、奥行約五尺)一棟及び木造物干台(縦約五尺横約十一尺)一個を所有しその敷地を占有しているので、被控訴人は請求を拡張して控訴人らに対し原状回復義務の履行として、または所有権に基き、さらにこれら物件の収去を求める。なお控訴人ら主張の賃借権について、全然証拠なく、また今後立証しうる筈のない本件において、原判決の命じた仮執行の担保は、あまりに高額に失するので、担保を供せずして仮執行をなしうるよう原判決の仮執行の宣言の変更を求める。当審における控訴人らの抗争事実はすべてこれを否認する。殊に留置権の抗弁は、控訴人らが故意または重大な過失により時機に後れて提出した防禦の方法であつて、これがため訴訟の完結を遅延せしむべきこと明らかであるから、却下を求める。」と述べ、控訴代理人において、「(一)本件係争地の上に控訴人らが被控訴人主張の物置及び物干台を所有しその敷地を占有している事実はこれを認める。(二)控訴人ら主張の賃貸借成立の事情は次のとおりである。すなわち、控訴人らは、昭和二十七年七月中被控訴人との間に、本件係争地を含む六十六坪六六を代金三十八万円で買い受ける旨の契約を締結し、手附金を支払い、控訴人中山において、被控訴人の承諾を得て、その一部をアパート建築敷地として使用したところ、昭和二十八年十月アパートの竣成近くなつて、被控訴人より代金の買増を請求され、紛争をさけるためと控訴人中山の母の勧告とにより、改めて右アパートの敷地部分のみを坪当り一万円で買い増したが、その頃右売買から除外された本件係争地は、傾斜地で利用価値が少く、被控訴人としても重要視しておらず、控訴人らとしては、物干場等に利用するにはともかく間に合うので、右買増を容易にするため本件係争地の賃貸を求め、被控訴人の承諾を得たのである。もし被控訴人が賃貸を承諾しなかつたならば控訴人らは買増の請求に応じなかつたであろう。(三)仮りに右賃貸借が成立せず、被控訴人主張のように使用賃借であつたとしても昭和二十九年七月十四日附内容証明郵便による被控訴人の解除の意思表示は、控訴人らにおいて使用収益をなしたものと見るに足る相当の期間を経過していないから、これにより解除の効力を発生しない。(四)また、控訴人らは、被控訴人より本件係争地を借り受けてから、これを土盛しコンクリートで土止めをなすなど整地をなして金四万三千円を支出し、右地上に被控訴人主張の物置及び物干台を建てたのであつて、被控訴人が、控訴人らのかかる設備を容認しながら一年に満たずして、本件係争地の明渡を求め控訴人らに多大の損害を被らしめることは、被控訴人の利を追うに急であつて、信義誠実の原則に反する権利の行使であるから、権利の濫用である。(五)仮りに右(三)(四)の主張が理由なく、控訴人らにおいて被控訴人に対し本件物置並びに物干台を収去して本件係争地を明け渡すべき義務を負担しているとしても、控訴人らは、右(三)のように借用物たる本件係争地使用中土地改良のため金四万三千円を支出し、その価格の増加は現存しているので、民法第五百九十五条第二項により被控訴人に対し、これが償還を求めうべく、また同法第七百三条の規定よりするも、被控訴人は、本件係争地に関し何ら法律上の原因なくして控訴人らの損失において右金額に相当する利益を得、右利得は現存しているから、控訴人らに対し右金額に相当する利益を返還すべき義務を有するので、控訴人らは、被控訴人に対し同法第二百九十五条により留置権を行使し、右金四万三千円の弁済を受けるまで本件物件の収去並びに係争地の明渡を拒む。」と陳述した外、双方とも原判決の摘示(添附図面を含む)と同一であるので、ここにこれを引用する。(但し、原判決中二枚目表終から三行目の「被告両名」は「原告両名」の、同裏終から三行目の「原告」は「被告」の、同末行の「原告」は「被告」のいずれも誤記につき訂正する。)

立証として、控訴代理人において新たに当審証人大縫七司、中山清子の証言を援用した外、双方とも原判決摘示と同一に証拠の提出、援用、認否をなしたので、ここにこれを引用する。

理由

当審における審判の範囲を確定せんがため、まず被控訴人の附帯控訴の適否について判断する。

被控訴人は、原審において全部勝訴の判決を受けながら、当審において請求の拡張をしまた原判決の仮執行の宣言の変更を求めんがため附帯控訴をなしたのであるが、控訴は不利益な判決を受けた者においてなすべきものであるから、本訴、反訴につき全部勝訴の判決を受けた被控訴人は、たとえ反訴につき請求を拡張するためであるとしても、附帯控訴をなすことができないものと解するを相当とする。(昭和十五年五月十三日大審院判決法律評論二九巻民訴二三九頁参照)また原判決のなした仮執行の宣言のみに対して控訴を提起しうるか否かは争いの存するところであるが、これまた右裁判が附随的の裁判であることにかんがみ、これのみを目的として控訴を提起することはできないものと解するを相当とする。よつて被控訴人の附帯控訴は不適法としてこれを却下する。

しかしながら、全部勝訴の原告であつても、敗訴の被告が控訴して事件が適法に控訴審に係属した場合、その控訴審の手続を利用して請求の拡張をなしうべきことは、民事訴訟法第三百七十八条第二百三十二条により疑いを容れないところであつて、本件において被控訴人のなした請求の拡張は、書面によつてなされ、(附帯控訴状によつてなされたとしても書面によつてなされたものである。)また請求の基礎にも変更なく、かつこれにより著しく訴訟手続を遅延せしめるものでもないから、これを許すべく、しかるときは当審における審判の範囲は右拡張部分にも及ぶべく、以下これを前提として審究することとする。

本件係争地が被控訴人の所有に属すること、並びに控訴人らがこれを占有し、その地上に被控訴人主張の物置及び物干台を建てて所有していることは、当事者間に争がない。

しかして、本件における主要争点は、右控訴人らの占有関係が、控訴人ら主張のように賃貸借に基くものであつて、しかも右賃貸借関係が今なお存続しているかどうか、または被控訴人主張のように使用貸借に基くものであつて、しかもなお現在既に終了しているかどうかであつて、右は、本訴並びに反訴請求の当否にひとしく関係をもつものであるので、同時にこれを判断するを便とする。

成立に争ない甲第一号証、第二号証の一、二、第三号証、原審証人落合三男、原審並びに当審証人大縫七司、当審証人中山清子(但し後記措信しない部分を除く。)の証言及び原審原告(控訴人)大沢淳太郎本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く。)を綜合すれば、本件係争地に関しては次の事実を認定することができる。すなわち、控訴人中山は、控訴人大沢の娘の夫であつて、被控訴人の息子落合三男の営んでいる東京都港区麻布谷町三十七番地の青果店で買物をする関係から落合三男と知合となり、昭和二十六年八月頃被控訴人の所有する同都同区同町五十六番地所在の宅地六十六坪余をアパート建築のため敷地として買い受けたき旨の斡旋を依頼し、落合三男より被控訴人に交渉して代金三十八万円、完済後に建築に着手するとの約束で控訴人中山と被控訴人との間に売買契約が成立した。しかるにその代金を支払わぬうちに控訴人大沢が昭和二十七年一月頃右敷地内にアパートの建築をはじめたので、被控訴人側で抗議し、控訴人中山は、分割払にしてくれと申し出て、同年一月末金八万円、二、三、四月と三回に金十万円宛合計三十八万円を支払うことに約束を改め、右金八万円を支払つたものの、二月末に支払うべき十万円は、同年五月七日に二ケ月先払の手形で支払い、右手形は期日に落ちたが、三月末に支払うべき十万円については、同年八月半頃二ケ月先払の手形で支払つたものの右手形は不渡となり、落合三男は被控訴人に代つて残額の支払を再三催促したにもかかわらず、控訴人らはこれを支払わず、アパートの建築は、同年六月に大半完成し、同年八月には畳が入つて入居する者もでてきたのに、右残代金の支払をなさず、右土地の税金も支払わない始末のところ、土地の価額はますます騰つてくるので、落合三男は、被控訴人を代理して、控訴人中山に対し右土地を時価相場で買つてくれ、さもなければ直ちに売買契約を解除してほしい旨を告げたが、控訴人中山においてこれに応ぜず、昭和二十八年になり控訴人中山の母が仲に立ち、時価坪当り二万円を超える右土地を坪当り一万五千円の月賦弁済とすることに話がまとまり、同年一、二、三月と金一万五千円宛の支払を受けたが、同年三月頃控訴人中山は、アパートの敷地だけでよいと申し出て、被控訴人は、控訴人中山に対し改めて、右宅地のうちアパートの建築されている部分四十四坪七合一勺を代金四十四万円で売却することとなり、これを分割して残余の宅地二十一坪九合五勺は被控訴人の所有に残すこととなつて、昭和二十九年二月八日従来受領した代金額をも取りまとめて金四十四万円の領収証(甲第一号証)を控訴人中山に交付して売買の結末をつけた。ところが、右二十一坪九合五勺地上には、その一部である本件係争地上に既に控訴人らの建築にかかる本件物干場があり、他の部分には建物があつて、建物は控訴人中山がこれを第三者に売却してあるというので右建物の敷地部分については、控訴人らと関係なく、被控訴人と第三者との交渉に譲り、本件係争地のみについて、右売買の際被控訴人と控訴人中山との間に物干台をいずれ近くアパートの裏手に移転する、本件係争地は被控訴人の必要とするときは何時でも明け渡す、それまでは無償で使用してもよい旨の使用目的及び期間を定めない使用貸借契約が締結された。

以上の認定に反する当審証人中山清子の証言及び原審原告(控訴人)大沢淳太郎本人尋問の結果は措信することができず、その他右認定を左右するに足る証拠はない。しかして右認定事実によれば、控訴人らの本件係争地に対する占有関係は使用貸借に基くものとなすのが相当であつて、控訴人ら主張の賃貸借契約成立の事実は、右措信しない証人中山清子の証言及び原告(控訴人)大沢淳太郎の供述を除いて他にこれを認むべき証拠なく、控訴人らの地代金弁済供託の事実は成立に争ない甲第五、六号証によつて認めることができるが、かかる事実あればとて、賃貸借の存在を肯定しなければならないものでもない。

従つて、本件係争地に対する賃貸借関係の存在確認を求める控訴人らの本訴請求は、既にこの点において失当であるのでこれを棄却すべきである。

よつて進んで被控訴人の反訴請求(当審請求の拡張部分を含む)の当否について判断する。

控訴人中山の本件係争地使用関係が使用貸借に基くものであつたことは前認定のとおりであつて、控訴人大沢については、特に使用貸借の借主となつたのではないけれども、成立に争ない甲第三号証によれば同控訴人は前記アパートの所有者であり、被控訴人においても右アパートに附属する本件物干場の使用に対して特に異議をのべた形跡は認められないのであるから、被控訴人は、暗黙の間同控訴人が控訴人中山の有する使用貸借権に基き本件係争地を使用することを容認していたものと認めるを相当とする。しかして被控訴人が昭和二十九年七月十四日控訴人中山に対して右使用貸借解除の意思表示をなしたことは、控訴人らの争わないところである。控訴人らは本件使用貸借は物干場の設置を目的とするものであつて、その目的は消滅せず、また控訴人らにおいて使用及び収益をなしたものと見るに足るべき期間を経過していないから、右解除の意思表示は、解除の効力を生じない旨、並びに仮りにそうでないとしても控訴人らに対し直ちに本件係争地の返還を求めることは権利の濫用である旨抗弁するが、前記認定のように本件係争地は、控訴人中山においてアパートの敷地たる宅地四十田坪七合一勺を分割して買い受けた当時からすでに被控訴人に対し明け渡すべき筋合であつて、たまたま右地上に物干場が設置してあつた関係上、右物干場の移転をみるまで暫定的にこれが無償使用を認めたに止まり、いわば被控訴人の好意に出ずる措置であつて当初から物干場の設置を目的としたものでないから、被控訴人は、何時にても本件係争地の返還を求めうるものというべく、また原審証人落合三男の証言によれば、被控訴人は、本件係争地を含む前記二十一坪九合五勺を一括して他に売却すべく、これが引渡をなすため本件使用貸借解除の意思表示をしたのであつて、別段控訴人らを害することのみを目的として本件係争地の返還を求めたものでないことが認められるので、被控訴人の右所為をもつて権利の濫用であるとなすのは当らない。

されば本件使用貸借は右解除の意思表示により終了したとなすを相当とすべく、その後においては、控訴人らの本件係争地に対する占有はよるべき権原を失い、不法のものとなるので、不法占拠者として、また控訴人中山はさらに原状回復義務の履行としても、それぞれ被控訴人に対し本件物置並びに物干場を収去して本件係争地を明け渡すべき義務あるものというべきである。

しかるところ、控訴人らは、留置権の抗弁を提出して右収去並びに明渡を拒んでおるので審究するに、攻撃又は防禦の方法は原則として口頭弁論の終結にいたるまでこれを提出することのできることは、民事訴訟法第百三十七条の明定するところであるけれども、当事者が故意又は重大なる過失により時機に後れてこれを提出し、しかもこれがため訴訟の完結を遅延せしむべきものと認めたときは、裁判所は、申立によりまた職権をもつて却下の決定をなしうべきこともまた同法第百三十九条第一項の規定するところであつて、被控訴人は、現に右法条により右留置権の抗弁の却下を求めているのである。そして記録によれば、控訴人らは、昭和三十一年三月十五日の当審における最終の口頭弁論において右抗弁を提出したのであつて、これがため新たなる証拠の申出もなしているのであるから、訴訟の完結を遅延せしむべきものであることは疑いなく、また原判決は控訴人らに対し本件係争地の明渡を命じているのであるから、もし控訴人ら主張のような留置権が存在しているとするならば、当審において遅滞なくこれを主張すべきであつて、原審においてこれを主張しなかつたのは格別、昭和三十年九月十日午前十時の当番における最初の口頭弁論以後数次の口頭弁論期日に右抗弁を提出すべき機会があつたのにかかわらずこれを提出せず、結審直前にこれを提出したのは、故意ということができないとしても、少くとも重大なる過失によつて時機に後れて提出したものと認むべきである。よつて当裁判所は、民事訴訟法第百三十九条第一項に基き被控訴人の申立により右留置権の抗弁を却下する次第である。

果して然らば被控訴人の反訴請求は、原審請求部分は固より当審請求の拡張部分も正当として認容すべく、原審請求部分につきなされたる原判決は相当であつて、控訴人らの控訴は理由がないので、民事訴訟法第三百八十四条によりこれを棄却すべく、また当審における訴訟費用は、同法第九十五条、第九十三条、第九十二条第八十九条を適用して全部控訴人らをして負担せしむべく、なお原判決のなした仮執行の宣言は被控訴人に対し担保を提供せしめた点において相当でなく、仮執行の宣言に関する裁判は独立して不服申立の対象とならないことは前述したとおりであるが、裁判所が当然職権で調査し判断する事項であるので、申立のいかんにかかわらず職権でこれを変更することをうるものというべく、またこの場合不利益変更の禁止の原則も適用がないと解するので、これを変更することとし、同法第百九十六条を適用して原判決並びに主文第二項につき仮執行の宣言を附するとともにこれが免除の宣言をなすこととし、よつて主文のとおり判決した。

(裁判長判事 大江保直 判事 草間英一 判事 猪俣幸一)

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